高嶋慈|濱口竜介『急に具合が悪くなる』
概要
高嶋慈によるレビューは、濱口竜介監督の初の海外ロケ作品『急に具合が悪くなる』を論じている。舞台はパリ郊外の介護施設「自由の庭」で、施設長マリー=ルーは認知症患者を一人の人間として扱う「ユマニチュード」の実践に奮闘するが、人手不足や低賃金、スタッフの反発に直面し疲弊している。彼女は公園で自閉症の少年を保護したことをきっかけに、演出家の真理と出会う。真理は俳優・吾朗による、精神病院を廃止した精神科医フランコ・バザーリアを主題とする一人芝居を演出しており、その劇中劇には制度と意識の破壊と創造が示される。真理は末期ガンを宣告されており、残された時間のなかで二人の交流が深まっていく。
本作は単なる介護や尊厳の物語ではなく、資本主義という病理に侵された社会の身体のケアと回復をめぐる物語でもある。真理はホワイトボードを用いて資本主義の本質についてレクチャーし、負債の先送り、外部の発見と搾取、身体の取り込み、戦争、自己破壊的性質を説く。このレクチャー・パフォーマンスは、観客であるマリー=ルーに向けられると同時に、映画の観客全体にも開かれている。
レビューは、反復構造や劇中劇、足裏マッサージのワークショップ、中庭という境界的な空間、夜の会話と明け方の空といった要素を分析し、ケアや知の贈与的交換が資本主義への抵抗として描かれることを指摘する。そして、効率性や生産性を求める社会への問い直しと、病んだ構造そのものの回復への希求が作品に込められていると結論づけている。
(出典:artscape)