高嶋慈|柳瀬安里『汝、気にすることなかれ』より「女魔王」
概要
本稿は、gallery αMで開催された柳瀬安里の展覧会『汝、気にすることなかれ』より「女魔王」に関するレビューである。柳瀬は、エルフリーデ・イェリネクの戯曲『汝、気にすることなかれ シューベルトの歌曲にちなむ死の小三部作』の第一部「女魔王」を暗唱する作品を発表した。戯曲の主人公は、ウィーンのブルク劇場の人気女優で、ナチ・プロパガンダ俳優の過去も持つパウラ・ヴェッセリーをモデルとし、死後も観衆に語り続けるモノローグを通して、権力がメディアを通じて国民的スターを作り出し、「私たち」というフィクションの共同体を形成する過程を描く。柳瀬はこの暗唱を、2021年東京オリンピック・パラリンピックの聖火ランナーのダイジェスト映像を自身の顔に投影しながら行い、イェリネクのテクストと映像の偶然の共鳴を通じて、国家イベントが「復興」や「日本人」の物語をいかに演出するかを浮き彫りにする。約35分のノーカット映像は、聖火ランナーの笑顔や画一的な衣装、書割としての被災地復興ルートなどを戯曲の台詞とリンクさせ、オリンピックと全体主義の近接性を可視化する。さらに、投影光を遮る柳瀬自身の頭部の影が、個人を飲み込む巨大な権力の象徴として画面を浸食する。本作は、死者を語りで再生させつつ葬送するという逆説を通じて、「どのような力によって何が上演されているのか」という構造を鮮明に問いかける。
(出典:artscape)