佐野虎太郎|想像力がインフラになるとき── リアム・ヤング「In Other Worlds」
概要
本稿は、スペキュラティヴアーキテクトのリアム・ヤングがロンドン・バービカン・センターで開催した英国初の大規模個展「In Other Worlds」を、自らもアルゴリズミックデザインを事業とする佐野虎太郎氏が当事者の視点から読み解く展覧会評である。展覧会は《Emissary》《World Machine》《After the End》《Planet City》《The Great Endeavour》《Future Present》の6つの「世界」で構成され、映像、都市模型、衣装、グラフィックノベル、サウンドスケープが、The Curveから現役の立体駐車場Car Park 5までを貫く動線に配置される。「この規模において、想像力は装飾ではない。インフラである」という宣言を軸に、筆者はSCD(スペキュラティヴ/クリティカルデザイン)の系譜と、アーキグラムやUnknown Fieldsに連なる建築的ワールドビルディングの系譜を整理し、生成AIの普及とハイパースケーラーの台頭という現在の前提条件の変化を指摘する。さらに《Machine Landscapes》における「診断」としての人間不在の風景が、本展では「処方」として反転していること、駐車場の《Future Present》でClimeworksの実在のDAC技術が《The Great Endeavour》の第一章として物語に編み込まれる構成を批判的に検討する。現実のClimeworksは人員削減や捕集量の未達を抱える脆弱な実験であり、「まだ小さいだけの萌芽」として物語化することは、実装の困難をナラティブによって洗浄する危うさを孕む。しかし筆者はこの危うさを失点とはせず、安全圏から問いを発する2010年代的な身振りを捨て、共犯関係のリスクごと未来像を建設する賭けの大きさを評価する。ヤングの方法は映画のプリプロダクションに相当し、その次の工程──構想を現実の実践に接続する「本撮影」の設計こそが、いま求められていると論じる。最後に、ブルータリズムの遺構であるバービカンで本展を体験する身体的なシークエンスそのものが、想像力がインフラになった後の姿を空間的に上演していると結ぶ。
(出典:artscape)