高嶋慈|果てとチーク・めぐる公演『きみはともだち』(後編)
概要
本稿は、舞台『きみはともだち』(後編)の批評記事である。作中では、トランス女性のパートナーと暮らすノンバイナリーの野澤が、社会の無理解や友人との軋轢、パートナーの不在化による不安など、累積する痛みと闘っている。劇は、彼の嘔吐や孤独な karaoke ルームでの嘆きを通じて、マイノリティが抱える「痛みを語ることのジレンマ」を露わにする。批評は、劇中の karaoke ルームや喫煙ブースという舞台設定が、外部社会から切り離された密室でありながら、本音を吐露するシェルターという両義性を持つことを論じる。また、トランスジェンダーの不可視化、ゲイ中心性、マジョリティによるマイノリティの声の消費、トーンポリシングなど、LGBTQ+ 社会における多様な問題を作品が抉り出していることを分析する。結論として、作品は矛盾や断裂を抱えた多様な声を、密室を突き抜けて響かせる強度を持っていたと評価している。
(出典:artscape)